向こう側

[フリウル / 送ります の続き / もしもの話]


 ブランハットに辿り着くまで、のつもりだった。ブランハットに帰って、家族と再会するウルフランを見届ければフリーは姿を消すつもりだった。
 だってそうだろう。ウルフランはこれから先、愛する家族と静かに暮らすのだ。そこに自分は必要ない。
 だが休む間もなく歩き続けて、ようやく辿り着いたウルフランの故郷の有様にフリーは言葉を失った。元はのどかな景色の広がる町だったのだろう。こうして、戦火に飲まれるまでは。
「……」
 立ち尽くしていたウルフランが、ふらりと歩きだす。おぼつかない足取りだった。どんな表情をしているかはわからなかった。かける言葉も見つからず、フリーもあとをついていく。
 町はどこもかしこも荒れ果てていた。一軒の家が見えた時、ウルフランはそれまでの足取りが嘘のように走りだした。扉も残っていない廃墟同然の家の中をウルフランに遅れてフリーも覗き込むと、そこには誰もいなかった。瓦礫だらけの室内で、血に染まった壊れた鳥の玩具が目をひいた。
「ウルフランじゃないか」
 その時、呼びかける声がした。見れば、松葉杖をついた初老の男が驚きと喜びの入り混じった表情をウルフランに向けている。
「無事だったのか、よかった」
 だが、その表情はすぐに曇る。
「この辺りは、戦闘が激しくてな」
「まさか、娘は、妻は……」
「……残念だが」
 俯いた男が、ウルフランの問いかけに首を振った。ひゅ、と息を飲む音がフリーの耳に届く。くずおれたウルフランの背中が震えている。フリーの足は、そこに縫いつけられたように動かない。
「……嘘だ」
 やがて、絞りだすようにウルフランが呟いた。聞いたことのない苦しげな声だった。
 居ても立ってもいられずフリーが何か言おうとした矢先、見かねた男が口を開く。
「……ウルフラン。お前の家族だけじゃない。みんな、同じなんだ」
「――」
 ウルフランの肩がぴくりと跳ねた。そのままゆっくりと立ち上がる姿に生気はない。
「……それなら、俺は」
 怯えたように身じろいだ男に、ウルフランが一歩近づく。
「何のために戦った? 何のために死んでいった? 何のために、この手で――」
「……ッウルフ!!」
 男に詰め寄ろうとしたウルフランの手を、寸でのところでフリーは掴んだ。掴んだ手首は戦場で引き止めようとした時より頼りなく、そして、今度は振り払われない。それどころか、振り返ったウルフランはフリーに顔を向けた。
「ウルフ、」
 息を飲む。灰青の瞳からとめどなく涙が溢れている。ウルフランは泣いていた。年上の戦友が泣くところを見たのは、フリーはこれが初めてだった。
 動揺するフリーの胸元を、ウルフランの拳が力なく叩く。
「……何のために、この手で大勢殺した?」
「……」
「なあ、フリー。何のために、俺は」
「ウルフ……!!」
 咄嗟に、フリーはウルフランの身体をかき抱いた。ウルフランの問いにフリーは答えられない。その代わりの行動としては、あまりにお粗末だった。
 だが、ウルフランは抵抗しなかった。おとなしく抱きしめられたまま、涙を流し続けている。ぶ厚い軍服では染み込む涙などわからないはずなのに、肩がじわりと熱くなってくる。
 どうすればこいつが泣かずに済むのだろうと、その熱さを感じながら、フリーはずっと考えていた。


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多分続く 続けたい めちゃくちゃ走り書きなのであとでいろいろ直します