翻る、靴音が遠ざかる

[フリウル / レドラッド軍時代 / 無茶するフリー]


 この大馬鹿者め。
 救護室のベッドに横たわるフリー・アンダーバーを見下ろしながら、ウルフラン・ロウは心の中で罵倒した。包帯だらけで白い塊と化している相手に意識はなく、静かな呼吸の音だけが聞こえてくる。
 軍営に慌ただしく担ぎ込まれてきた一昨日の様子を思い出す。レドラッドの赤い軍服が、フリーのそれは違う赤色で染まっていた。その大半は返り血だったが、本人も無視できない深手を負っていた。
 聞けば、孤立していた一般兵を救うため単身敵陣に突っ込んでいったのだという。ずいぶんな無茶をしたものだ。いったい戦場で、どれだけの血を流してきたのか。
 この、大馬鹿者め。
 もう一度、ウルフランは心の中で罵倒した。
 フリーは目を覚まさない。元から器用な戦い方をする男ではなかったが、ここ最近は特にひどい。己の身を顧みない戦場での立ち回りは、勇壮を通り越してもはや無謀だ。
 年下の戦友がそんな無茶をするようになったきっかけをウルフランはわかっていたが、わかっているからこそ余計に大馬鹿者だと思うのだ。
「……ぅ」
 声に出していない罵倒が聞こえたのか、フリーが小さくうめいた。少しの間を置いて、ゆっくりと瞼が開いていく。見えた青い瞳は、ぼんやりと焦点が合っていない。
 だが、さまよった視線が傍らに立つウルフランをとらえると、消えていた火が灯るように瞳に意思の光が宿る。一、二度まばたきをし、目の前の存在が幻でないとわかったのか、フリーは安堵した様子で表情を和らげた。
「……ウルフ」
「無様だな」
「いきなりそれかよ」
 薄情な奴、とフリーがむくれる。声は少し掠れているが案外元気そうだ。けろりとしたその様子が余計にウルフランを苛立たせた。命がいくつあっても足りない戦い方への反省が微塵もない。
 フリー、お前は。あの人が──ジェットが命をかけてお前を守ったのは、お前にこんな無茶をさせるためだったとでも思っているのか。
「無様な奴に無様と言って何が悪い」
「まだ言うのかよ。そんなかわいくねえこと言う奴は、いざって時に守ってやらねえからな」
「何度も言わせるな。お前ごときに守ってもらう必要はない」
 言い捨てると、ウルフランはベッド脇を離れた。
 おいウルフ、と声がしたが振り返らない。救護室を出ても立ち止まらず歩き続ける。向かう先は訓練場だ。
 口ではああ言っておきながら、いざという時フリーはウルフランを守るだろう。それは予想というより確信に近い。そういう男なのだ、あの大馬鹿者は。そのせいで命を落としても、きっとフリーは後悔しない。やるべきことをやったのだと、満足して死んでいく。
 そんなことはごめんだった。ウルフランはこの国を、故郷を、愛する家族を守るために戦っている。己のために命を落とした愚か者まで背負うつもりは毛頭ない。
 訓練場に着く。大きな戦闘からそう日が経っていないため、兵の姿はまばらだった。もっとも、人が多かろうと少なかろうとウルフランは普段通り鍛錬に励むだけだ。
 そうだ。自分は、何も変わらない。
 誰にでもなく、ウルフランは心の中で呟く。

 ジェットが死んだあの日。フリーを救うために必死で駆けた自分を、ウルフランは忘れたふりをしている。


―――
ジェット死後のフリー、マジで無茶な戦い方をしていたと思うしウルフランはそれに腹を立てていた部分が少なからずあると思う レドラッド軍時代の二人からしか得られない栄養が確かにある いやどの時代のフリウルにもその時代ならではの栄養がめちゃくちゃあるが……(完全栄養食品?)(???)