memo

送ります

[フリウル / 統一戦争後 / もしもの話]


「なぜついてくる」
 振り向きもせずウルフランが言った。荒廃した街並みを抜け、街道にさしかかろうという時だった。強く降っていた雨はいつのまにか小降りになっていた。
 おかげでウルフランの声は雨音にかき消されることなくはっきりと聞こえたが、フリーはどう答えればよいかわからなかった。咄嗟に口を開いてはみたが、結局は言葉にならず唇を噛む。
 二人の間には砂利を踏みしめる足音だけが響いている。

 忠誠を誓った王オルバニーは降伏し、自害した。それでもレドラッドの兵士達はまだ、前線で国を守るために戦い続けていた。
 そんな彼らを放っておいて何が妖精兵だ。サイダルが求める武装解除に応じて投降するなど問題外だ。自分達妖精兵は、今こそ前線に立って戦い続けるべきだ。
 フリーはそう思っていた。だからこそ、伝令が走り去ったあと前線とは反対側へフラフラと歩きだしたウルフランを引き止めようとした。だがフリーの制止の声は届かず、腕を掴んでも振り払われるだけでウルフランは振り向きすらしなかった。
 ああ、そうかよ。好きにしろよ。お前がみっともなく逃げたって、俺は最後まで戦ってやるからな。
 去っていく背中に毒づいていたはずが、いざその姿が煙雨に消えかかるとフリーの足は勝手に動いていた。勢いよく踏み出した軍靴に跳ねた泥水も気にならなかった。そんなものは今さらだった。レドラッドの赤い軍服は、とっくに戦塵にまみれている。

 いつのまにか、足音は一人分になっていた。立ち止まったウルフランが振り向いている。あと二、三歩で身体がぶつかりそうな位置でフリーははっと気がつき、足を止めた。
「なぜついてくる」
 ウルフランは同じ言葉を繰り返した。整った顔に浮かぶ表情は普段と変わらず澄まして見えるのに、灰青の瞳は暗く翳っている。
 放っておけるか。
 フリーは思う。今のお前を、放っておけるかよ。
 だが、それを言葉にすることなどできなかった。ウルフランがとびきり優秀な妖精兵であることを、フリーは誰よりもわかっている。今この瞬間敵兵に襲われたとて、ウルフランは造作もなく相手をいなすだろう。この先の街道を進み、首都から離れれば敵と遭遇する確率はさらに減る。ウルフランがフリーの助けを必要とする可能性は限りなくゼロに等しい。
 むしろ助けを必要としているのは、今なお戦前に残るレドラッドの兵士達だ。すぐさま踵を返してフリーが駆けつければ、そのうちのいくらかを救うことができるはずだった。
 わかっている。
 フリーはわかっている。
 それでも自分は、もう振り返りはしないのだということも。

「……別に、俺の勝手だろ」
 俯きたくなるのをこらえながら、フリーはウルフランをまっすぐに見て答えた。
 そうだ。自分の勝手だ。
 いつかの会話を思い出す。
 お前ごときに守ってもらう必要はないと言われようが。俺はお前を、守りたい。

「…………」
 ウルフランは何も言わなかった。表情も変わらなかった。ただ静かにフリーを見つめ返し、やがて背を向けると、歩きだす。そこにフリーの言葉に対する許諾はないが、拒絶もない。
 だが、それで充分だった。
 いつのまにか詰めていた息を吐く。目を閉じる。開く。
 少し離れた戦友の姿を追って、フリーは一歩を踏み出した。


―――
一度違えた二人の道が時を経て再び交差したからこそのあの最高の本編なんだよな……という思いがめちゃくちゃあるものの、戦場を去っていくウルフランを放っておけなかったフリーもめちゃくちゃ見たいよ……という気持ちがあふれた結果です どっちを選んでも悩みに悩みそうなフリー、かわいい男だ そして続きも(というか続きが)書きたいのでそのうち書きます