零時七分

[フリウル / 本編終了後 / 夜中にいちゃつく二人]


 まどろむフリーの意識を引き戻したのは、顔に触れたウルフランの指だった。目を開けると、薄明かりに照らされた整った顔が間近にある。枕元の灯りを消していなかったなと思ったが、今はむしろ、点いていたおかげで相手が何をしているのかよくわかった。
 ウルフランは、フリーの顔──正確には顎髭のところを指の腹でゆっくりなぞっている。フリーが目を覚ましたことはわかっているだろうに、その行動は変わらない。
 何やってんだ、こいつ。
 まだ眠い頭でそう思いながら好きにさせていたフリーだが、やがて落ち着かなくなってくる。指の動き自体は、くすぐったいが我慢できないほどではない。しかし、されるがままになっている気恥ずかしさや、くすぐったさだけではない妙なもどかしさがじわりとわいてくる。
 もうやめろとフリーが言いかけた矢先、ウルフランが口を開いた。
「いつからだ」
「あ?」
「いつから髭を生やしている」
「あー……」
「昔は生やしていなかっただろう」
 唐突な問いかけに、どう答えるかフリーは迷った。
 ウルフランの言う通り、大戦時代は剃っていた。終戦後の腐っていた時期は身なりに気を使う余裕がなかった。こうして髭を整えるようになったのは、ネイン局長に拾われてドロテアに入ったあとだ。
 きっかけは、ドロテアの隊服に初めて袖を通した時、どうにも『服に着られている』気がしたことだ。
 もっと貫禄があれば、少しはマシに見えるだろうか。
 この髭は、そう考えた末の安易な思いつきによる。
 まったくもって大した理由ではない。だからこそそれを誰かに、特にウルフランに知られるのは恥ずかしい。
「ドロテアに入ってからだけどよ。……なんだ、剃ったほうがいいか」
 理由に話が及ばないよう、フリーはわざと問いかけた。するとウルフランは手を止め、思案するようにまばたきをひとつした。ふむ、と呟く。そのあとの動きは迷いがない。
 あ、と思う前に唇が重なった。わずかに残っていたフリーの眠気が完全に吹っ飛ぶ。
 唇が触れていたのはほんの少しの間だった。顔を離したウルフランは、口づけ前と変わらない澄ました表情で髭の一本も生えていない自分の顎をさすった。
 もう一度、ふむ、と繰り返す。
「この感触がなくなるのは寂しいかもしれないな」
「……お前な」
「だから、剃らなくていい」
 一人で納得して頷くウルフランに、フリーは呆れた顔をした。ほのかな灯りでもわかるくらい、その顔はもちろん耳まで赤くなっている。
「くそ、目ぇ冴えちまっただろ」
「夜ふかしなら付き合おう」
「確信犯かよ、おい」
 ぼやいたフリーにウルフランが小さく笑う。楽しげに囁かれた言葉につっこみながら、今度はフリーからウルフランに口づけた。
灯りを消すのは、もうしばらく先のことになりそうだ。


―――
フリーの髭、いいよねという話です(?)