[フリウル / 統一戦争後 / フリーやさぐれ時代]
あの時振り払われた手を、諦めずに伸ばしていたら。
そんなことを考えるのは、決まって雨が降る日の朝だった。酒が抜けきらない重い頭に、途切れる気配のない雨音が響く。昨夜を共に過ごした女はとっくにいなくなっていた。身体を起こす気にもなれず、寝転がったまま薄汚れた窓に目をやる。厚い雲に覆われた空はどこまでも暗い。
あの日と同じような、空の色。窓一面に広がる濁った灰色を見ていると、思い返したくもない記憶が蘇る。
瓦礫と化した街。硝煙と血と雨が混じった臭い。王の降伏を告げる伝令の声。俺の手を振り払い、一度も振り返ることなく去っていったあいつの姿。あの時振り払われた手を、諦めずに伸ばしていたら。
記憶の最後に思うのはいつだって同じことだ。浮かんだ言葉をすぐさま打ち消すのもいつも通りだ。
あの時振り払われた手を、諦めずに伸ばしていたら。それでどうなる。あいつを引き止めて、一緒にいたとして、それで何かが変わったのか。少なくとも今のような、こんなみっともない生き方はしていなかっただろうか。
わからない。わかるものか。もしもを考えてもきりがない。あいつはここにいない。それだけが事実だ。
ウルフ。ウルフラン。お前は今、どこで何をしている。
いつか聞いた望みの通り、家族と静かに暮らせているのか。そうだといい。そうであってくれ。
俺と違って帰る場所があるお前は、愛する相手がいるお前は、幸せであるべきなんだ。
目覚めてから結構な時間が経っていたが、起き上がる気にはならなかった。
構わない。次の試合はまだ先だ。今日一日ずっと転がっていたところで誰にも文句は言われない。くたばっていないか様子を見に来た奴がいたら、そいつに酒と飯を持ってこさせればいい。
目を閉じる。降り続く雨の音が、より深く響く。
瞼の裏に映るのは、やはり俺を置いて去っていく戦友の姿だった。
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第7巻特典小説で描かれたやさぐれ時代のフリーのどうしようもなさが愛しすぎて何度読み返してもお、お、お前~~~;;;(言語化不能)となってしまう……