agitato[アジタート:激情的に]

[フリウル / 本編終了後 / 手合わせ]


 鋭い剣戟の音が途切れることなく響いている。実戦さながらのその音を聞く者は、当人達のほか誰もいない。
 日も暮れて久しいドロテアの訓練場にはフリーとウルフラン、刃を交わす二人の姿だけがある。
「ッあ、ぶねぇ!」
「──ッ」
 振るわれた一太刀をわずかな足さばきでかわし、隙のできたフリーの懐にウルフランは素早く入り込んだ。
 勝負あり──かと思いきやそうはならない。
 寸でのところでウルフランの刃をフリーの刀身が阻む。大振りしたはずの剣の軌道を無理矢理引き戻したようだ。
 相手の力技に目を見張りつつ、ウルフランは一旦距離をとった。やはり前回と同じ手は通用しないかと頭の片隅で思う。剣を構えなおすと、同じく体勢を整えていたフリーがふぅっと息を吐いた。
 視線が交差する。数瞬の静寂。
 ほぼ同時に、二人はまた互いに向かっていく。

 手練れが揃うドロテアだが、そのほとんどは射撃技術に秀でた者だ。もちろん近接戦闘でも皆一定以上の技量を持ち合わせているが、得意だと胸を張って言える者は少ない。フリーと渡り合える相手などなおさら限られる。
 ネイン・アウラーという規格外の存在もいるにはいるが、多忙な彼女が訓練場に顔を出すことは滅多にない。
 ちなみに年に一、二度あるかないかの機会に挑んでもフリーは毎回歯が立たないため、『魔女』の強さは今も健在である。
 そういうわけで近接戦闘の訓練時、フリーは指導係になることがほとんどだった。
 だが、ウルフランがドロテアに来てから話は変わった。ウルフランの強さは今さら言うまでもない。昔のように二人が訓練を共にするのは自然な流れだった。
 『本物』の妖精兵同士の戦いは模擬戦だろうと迫力がある。周りの隊員達が見入って手を止めてしまうのも致し方ないことだ。
 とはいえ、それでは全体の訓練に支障が出てしまう。だから最近は、こうして誰もいない時間を選んで二人は刃を交えている。

「──……」
 汗がひとすじ伝ったウルフランの喉元に、剣の切っ先が突きつけられている。同じだけの鋭さを感じさせる表情を浮かべていたフリーは、乱れた呼吸を落ち着かせようと長い息を吐いた。ウルフラン以上にフリーは汗だくだった。頬を流れた汗がポタリと落ちる。それを皮切りに表情を緩めたフリーが、剣を下げながら口を開いた。
「勝負あり、だな」
「ああ」
 頷いたウルフランに得意げな笑みを浮かべたフリーだが、すぐに何かを思い出して眉間にしわを寄せた。
「……いや、今週はこれで一勝二敗か」
「ああ」
「くそ、なかなか勝ち越せねえな」
「そうだな」
「涼しい顔しやがって。……お、もうこんな時間かよ。さっさと汗流してジャングリラにでも」
「フリー」
「ん?」
 訓練場の出入口に向かおうとしたところで名前を呼ばれ、フリーはウルフランに振り返った。そこでフリーがあることに気がつくのと同時に、ウルフランが静かに言った。
「帰ったらお前に抱かれたい」
「──ッ」
 息を飲んだフリーだが、その言葉が冗談ではないととっくにわかっていた。涼しげな表情を保ってはいるが、フリーを見つめるウルフランの瞳には隠しきれない熱が宿っている。
 それに気がついて平静でいられるほど、フリーはまだ達観していない。どこかに寄る気はとっくに失せていた。
 今は、一刻も早く家に帰りたい。
「……どうなっても知らねえぞ」
「のぞむところだ」
「だから、お前な……」
 あまり煽るなと諌めたつもりが、余計に挑発的な台詞が返ってくる。
 形のよい唇に噛みついてやりたくなるのをぐっとこらえて、フリーはまとわりつく汗を乱暴にぬぐった。


―――
職場なので我慢するフリーはえらい 戦っている最中の雄なフリーを見て抱かれたくなってしまうウルフラン、いるんだよな……(そして誘い方はド直球)