[フリウル / レドラッド軍時代 / ウルフラン結婚後]
休暇が明け、故郷ブランハットから戻ったウルフランが兵舎に向かうと、ちょうど見知った顔が出てくるところだった。
余計な人付き合いを好まないウルフランにとっては数少ない戦友と呼べる相手、フリー・アンダーバーだ。
フリーもすぐにウルフランに気がついた。しかしいつものように寄ってくるのかと思いきや、戸惑った様子で立ち止まる。浮かんだ表情もどこかぎこちない。
久々に顔を合わせた戦友の態度にウルフランは疑問を覚えたが、特段思い当たる節はない。どちらにせよ兵舎に入るつもりだったので、扉の前で固まっているフリーに近づき声をかける。
「久しぶりだな、フリー」
「お、おう」
そこで会話が途切れる。休暇明けには毎回、やれこんな酒を飲んだ、やれこんな女を抱いたと聞いてもいない出来事を話してくるフリーが口をつぐんでいる。視線もちらちらと泳いでいて、目が合ったかと思えばそらされる。普段のフリーも落ち着いているタイプではないが、それにしたって今の状態は落ち着きがなさすぎる。
これではさすがにウルフランも、年下の戦友が心配になってくる。
「何かあったのか」
「う……いや、なんでもねえけどよ……」
「…………」
はぐらかされたのは明白だったが、それ以上かける言葉をウルフランは持ち合わせていなかった。
相手が話したくないのなら仕方ない。もしもこの場にジェットがいれば聞き出して世話を焼くかもしれないが、自分にそういう役は向いていない。
「そうか。ならいい」
「……ぁ、」
頷くと、ウルフランはフリーの横を通り抜け兵舎に入った。すれ違いざま、掠れた声が聞こえたが立ち止まらない。用があるのなら呼び止めればいいのだから。
結局声がかけられることはなかったが、割り当てられた自室に続く廊下の角を曲がるまで、ウルフランは背中に戦友の視線を感じていた。
「……ッはあ~~……」
ウルフランの姿が見えなくなると、フリーは大きなため息をついた。ガシガシと乱暴に頭を掻く。
やっちまった。ウルフランには間違いなく変に思われただろう。しかし直前まで頭を占めていたことのせいで、フリーはウルフランに対してどう接したらいいのかわからなくなっていた。
今回の休暇でもフリーは毎度のごとく首都で飲んだくれていた。酒を飲み、女を抱き、泥のように眠る。そうして一日が過ぎ、数日が経ち、あっという間に二十日間。
飲む酒も抱く女もフリーは選り好みしない。妖精兵の肩書きがあれば、あちらから相応のものが自然と寄ってくるからだ。
しかし今回、どうしても抱く気になれない女が一人いた。理由はその場ではわからなかった。顔も身体も上等な相手で、好みじゃなかったわけでもない。酔いすぎて勃たなかったわけでもない。
だというのに、一体どうして……あれこれと考えていたフリーだが、兵舎に戻ってきてようやく気がついた。女の髪と瞳の色が、ウルフランとよく似ていたことに。
その事実に動揺しているうちにウルフラン本人が現れたものだから、挙動不審になるのも仕方がない。
抱く女の髪や瞳の色をフリーは気にしていないつもりだった。特段の好みはないし、ましてや見知った相手と同じ色だなんていちいち考えていないはずだった。レドラッド軍には多くの兵士がいる。もしも知り合いとそれらが似ている女を避けていたら、フリーは休暇中のほとんどを一人寝する羽目になっただろう。だからそんなもの、気にするはずがないのだ。本来なら。
だが事実、フリーは一人の女を断った。
どうしても抱く気になれなかった、金の髪で、灰青の瞳をした女。
これは一体、どう説明がつくのだろう。
フリーは深く考えたくなかった。考えても決していいことはないと直感が訴えている。休暇中にしこたま飲んだはずの酒が飲みたくなる。味もわからなくなるほど飲んでしまえば、何も考えられなくなるはずだ。
だがここは兵舎で、深酒は禁止されている。そもそも毎回の休暇で金を使いきってしまうフリーには、酒を買い込めるだけの手持ちがない。
「……ハァ」
もう一度、フリーはため息をついた。先程とは打って変わって、ひどく弱々しいため息だった。
これからしばらく、悶々とした眠れぬ夜を、フリー・アンダーバーは過ごす羽目になるのだろう。
―――
フリー18歳ウルフラン20歳辺り 当初に比べたら友好度が増しているけどそんなに踏み込むわけではないウルフランとうすうす自覚しつつも自覚したくないフリー